| メモワールとは

● メモワール
ある人物の回想録、自伝。
第三者の手による著名人の人物伝も含まれるが、その場合、私は「実際にその著名人と関係があった人」が書いたものを選ぶ。
ウォルター・アイザックソンの「スティーブ・ジョブス」などがその例。

私が初めて読んだメモワールはどの作品だっただろうか。

高木敏子「ガラスのうさぎ」
筒井茅乃「娘よ、ここが長崎です―永井隆の遺児、茅乃の平和への祈り」

あたりかな。

小学生の頃というのは妙に戦争ものと縁があったが、全国的にそうなのだろうか。

当時はもちろん「メモワール」というジャンルは知らなかったが、ノンフィクションを読むのは好きだった。
何を書いたものであっても、結局「人物伝」が最もエキサイティングなのだと思っている。

● 洋書を読む
メモワールとの出会いは日本語だったが、今ではすっかり「洋モノ」派になった。
中でも私の関心事の一つである「移民の国 アメリカ」産の作品は読みたいものが次から次へと…。
そうなると、そもそも和訳書もないし原書で読むしかない。
他にも洋書で読む理由は、村上春樹氏のエッセイに譲る。

バークレーでは暇な時間にマイルス・デイヴィスの自叙伝『マイルス』(マイルズが正確な読み方だと思うけれど、日本ではどういうわけかマイルスで通っている)を読んでいた。その中でもマイルスは、どれほど自分が白人優位社会の中でいじめられ、痛めつけられてきたかを、声高に、そして切々と語っていた。時bんたちがどれほど搾取され、差別されてきたかを。そしてマイルスやミンガスやマックス・ローチといった当時の優れたジャズ・ミュージシャンたちはみんな人種差別と激しく闘ってきた。闘わざるをえない状況に彼らはいた。社会システムそのものが彼らを含んでいない世界の中で、彼らは自己を主張し、その音楽を深化されていかなくてはならなかったのだ。

この本は—というかこの本だけは—本当に英語で読むしかないと思う。日本語に翻訳されたら、たとえどれほどうまく翻訳されたとしても、おそらく原文の息づかいの3割から4割くらいは消えてしまうだろうから。これはマイルスが喋ったものを黒人のライターがほとんどそのまま文章化しているのだけれど、その文体が100パーセント「ジャズしている」からだ。怒りや哀しみや喜びのひとつひとつが、彼の両方の手のひらからこぼれ落ちるようにひしひしと伝わってくる。とにかくすごく読みごたえのある本だった。

しかし外国人によって書かれた伝記や自叙伝というのはどうしてこう面白いんでしょうかね?読みだしたら止まらない小説というのは最近アメリカでも稀だけれど、読みだしたら止まらない伝記というのはけっこう数多くある。そんなわけで、ここのところ小説はひとまずおいて音楽家の伝記のようなものを何冊かまとめて読んでいた。今はロッテ・レーニャの伝記を読んでいるところである。

村上春樹『やがて哀しき外国語』所収「バークレーからの帰り道」より

ほんと、以下の本たちは一刻も早くKindle版を出してほしいものだ…大人の事情があるんだろうけど、伝書版がないというのは今はただ作り手にとって不利益になるだけだと思う。